ロシアから来た黒船 植木静山著 扶桑社

北のフクロウ

2017年01月25日 16:28

 日露の交渉でプーチン大統領がロシアとの外交交渉の歴史を述べた場面があったが、あまり日本人には知られていないように思ったので、図書館で見つけた本書を読んでみた。
 日本史ではペリーが下田、浦賀に来て和親条約を迫ったことは知られているが、同時期にロシアもプチャーチンが長崎、下田にきて、開国を迫った。この小説ではプチャーチンと日本の代表を務めた川路聖護、筒井政憲との交渉の様子が描かれている。交渉はタフなものであったが
プチャーチンは紳士的で、双方がお互いを信じて、友好的なものであったという。
 そこで決まったことは択捉島以南は日本領土とすること、樺太は北緯50度を境界とすることを日本が主張したが、ここは明確に定めないこととした。最後までもめたのは開港地に領事をおくことをロシアが主張したが、日本は抵抗した。しかしアメリカとの間で領事がおかれたためにロシアの領事も認めざるを得なくなった。
 交渉中に下田に津波が襲い、ロシアの艦船ディアナ号が遭難し、修理に向かう途中で嵐のため沈没するという事件が起きた。
 残されたロシア人は新たに船を作り、一部はその船に乗って、帰国するという事件も起きた。その間ロシア人と日本人の間には造船を手伝い、最新の造船技術を学ぶという機会を与えられることになった。ここでは韮山の江川太郎左衛門が活躍したという。
 この条約は日露間の正式な協定であるので、プーチン大統領も無視は出来なかったのであろう。
 それにしても歯舞が変換されるチャンスがあったのだが、アメリカのダレス長官が4島返還を主張して、日本がひっこめたという歴史事実がある。今回の日露交渉でまた返還が遠のいた感があるのは残念である。

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